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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)127号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 裏磐梯山林組合

被控訴人(附帯控訴人) 高瀬真一

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消し被控訴人の同請求を棄却する。

本件附帯控訴並びに予備的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審ともすべて被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨並びに附帯控訴が理由あるときは、「被控訴人は控訴人に対しその引渡を求める赤松立木と引換に相当の金員(代金)を支払え。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決、附帯控訴として、「原判決中『原告(被控訴人)その余の請求を棄却する。』との部分を取り消す。控訴人は被控訴人に対し原判決主文第一項の意思表示の確定を条件として同項記載の立木を引き渡し、同第二項の意思表示の確定を条件として同項記載の立木の生立する地域を区画して同立木を引き渡せ。」との判決、予備的請求として、「控訴人は被控訴人に対し原判決別紙目録記載の山林中同図面番号〇ないし26、35ないし〇の各点を順次に直線で結ぶ地域内に生立する赤松立木を引き渡し、同山林につき赤松立木二四、九四五石の生立する地域を区画し同地域内の赤松立木を引き渡せ。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、被控訴人が、(一)、昭和二五年九月一五日から三日間にわたる甲立木の石数調査は、被控訴人代理人山内福松、控訴人代表者組合長理事河野善九郎、同人代理人我妻勇立会の下にされた。(二)本件立木(三萬石)についての福島県知事の伐採許可は、控訴人からのその名義で受けるべき旨の委任にもとづいて、被控訴人が自己の費用と多大の労力、時間とを費やして昭和二五年九月三〇日付で得たものである。なお、右許可は控訴人に対して与えられたもので、河野善九郎個人に与えられたものではない。もつとも、甲第一四号証の一の許可書には、同人個人に与えられたかの如く記載されているが、右は福島県知事が誤つて控訴人組合長理事の肩書を書き落したによるものである。このことは、右許可書と伐採許可願書たる甲第一四号証の二とを対照することによつても明らかである。(三)被控訴人は、昭和二五年一〇月一八日控訴人代表者組合長理事河野善九郎に対し、甲立木の売買代金五〇五、五〇〇円を現実に提供したが、同人はその受領を拒絶した。(四)控訴人組合規約(甲第二号証)一二条によると、控訴人には理事三名監事二名を置くこととなつているから、その業務執行は理事三名の決議によるべきものであることは明らかである。そして、仮りに控訴人が昭和二五年五月一日の総会の決議で、控訴人所有の松立木の売却は理事と監事との全員の決議によるべきものとしたとしても、このために、控訴人の代理人赤城常吉の代理権には何らの消長を来たさず、ただ同人は従前は理事三名の決議に従えば足りたものが、右の決議の結果理事三名監事二名の五名の決議に従わなければならなくなつたに過ぎないものである。(五)仮りに、赤城常吉が前記総会の決議によつて控訴人の代理人でなくなつたとしても、同人はそれまで本件立木売却について控訴人の代理人であつたのであるから、民法一一二条により右代理権の消滅は善意の第三者たる被控訴人に対抗することができず、赤城常吉が控訴人の代理人として被控訴人との間に締結した本件売買予約について控訴人はその責に任じなければならない。(六)仮りに、赤城常吉が無権代理人であつたとしても、同人は控訴人の組合員、監事で組合員中唯一人の山林通として本件立木売却交渉委員に選任され、売買代金額、その支払方法、売却立木の数量、その所在地、伐採の許可、受渡の方法、その他大小無数の取り決めをすることを一任され、その交渉の結果については、控訴人は特段の事情がない限り異議なく従うこととなつていたから、赤城常吉は控訴人の代表者とほとんどかわらない地位にあり代理人に準ずべきものであつたということができる。そして、民法一一〇条は代理人に準ずる地位にある者が代理人としてした行為についても準用されるから、赤城常吉が控訴人の代理人として本件売買予約を締結し、被控訴人が赤城常吉に権限ありと信じかつそう信ずべき正当な理由があつた以上、控訴人は右予約についてその責に任じなければならない。(七)仮りに、赤城常吉が無権代理人であつたとしても、控訴人は赤城常吉のした無権代理行為を追認したから本件売買予約についてその責に任じなければならない。(八)本件売買予約は当事者のいずれかの一方が相手方に対し売買契約締結の申込をしたときは、相手方はこれを承諾すべき義務を負ういわゆる双務予約であつて、民法五五六条にいうところの売買の一方の予約ではない。(九)原判決主文第一項記載の甲立木は売買の目的として特定しておりその所有権は売主たる控訴人に属し同人が自由に処分し得るものであるから、同項記載の控訴人の売渡の意思表示が確定して売買契約が成立するときは、その所有権は即時当然に被控訴人に移転するものであり、また、同第二項記載の乙立木については、同項記載の控訴人の売渡の意思表示が確定して売買契約が成立するときは、控訴人は売買予約の定めるところにしたがつて売買の目的たる乙立木の成立する地域を区画し同立木を特定してその所有権を被控訴人に移転する義務を負うにいたるものである。ところで控訴人は本件売買予約の成立を争つているから、たとえ将来前記のとおりにして売買契約が成立しても、その履行をしないであろうことは明らかであるものというべく、あらかじめその請求をする必要があるから附帯控訴の申立をする。(一〇)仮りに、本件売買予約が民法五五六条の売買一方の予約であるとすれば、被控訴人は予備的に右予約にもとづいて控訴人に対し本訴で本件立木三萬石について売買完結の意思表示をする。これによつて、当事者間に右立木についての売買契約が成立したから、控訴人に対し甲立木の引渡と乙立木の生立する地域の区画同立木の引渡とを求める。(二)控訴人の主張に対し、(イ)本件売買予約締結にあたり当事者間に手付金、内金の授受、書面の作成がされなかつたことは相違ないが、右はその必要がなかつたからであり、予約期間について取り決めをしなかつたのは、速かに本契約の締結されることが望まれておりその必要がなかつたからである。また、木材搬出方法について取り決めをしなかつたことも相違ないけれども、右のことについて取り決めをする慣習は一般的には存在しない。仮りに、伐採期間について取り決めがなかつたとしても、これを定めることは売買予約成立の要件ではない。控訴人は本件売買予約の締結及びこれにもとづいて本契約を締結するために、役員と組合員の有力者を総動員したばかりでなく、総会の決議までもしたのであつて、簡単に事を運んだものではない。これを要するに、本件売買予約が成立したことはまちがいない。(ロ)被控訴人が昭和二五年一〇月控訴人理事林平八郎、監事筒井清松に対し、近く開催される控訴人役員会で被控訴人に立木を売却するよう配慮を求めたことは否認する。(ハ)被控訴人は、昭和二五年一一月一日甲立木の売買代金五〇五、五〇〇円を供託するにあり、指定受取人を河野善九郎、赤城常吉と表示したが、右は控訴人代表者組合長理事河野善九郎、控訴人代理人赤城常吉と表示すべきものを誤つてその肩書の記入を落したのであつて、控訴人のために供託したのに相違ない。被控訴人は、右の誤りに気付き、これを訂正すべく供託局に対して供託金の取り戻しを申立てたところ、前記河野、赤城の両名は、前記供託は控訴人の代表者たる右両名を指定受取人としてしたものであるとしてこれに異議を申立てたので、被控訴人の右申立は却下された。そして、前記両名は控訴人のために右供託金の還付を受けたのであるから、前記供託は前述のとおり指定受取人の表示に過誤があつたにかかわらず、控訴人のためにする供託として有効である。(ニ)本件売買予約したがつてその本契約は特定の地域内に生立する赤松立木全部をその目的としたもので、契約に立木の石数やその単価を現わしたのは、右全立木の価格を算定するための手段に過ぎなかつたものであるから、仮りに全立木の石数が契約に示されたものと相違しても、当事者はこれについてなんらの苦情をも申立て得ないものである。すなわち、甲立木が生立するとして区画された地域内の全立木が売買の目的であつて、契約に示された五、〇五五石がその目的ではないのであるから、これから被控訴人が伐採した石数を差引いた石数を引渡すことによつては甲立木の引渡を完了することとはならないのである。(ホ)控訴人が乙立木についての売買本契約成立遅延によつて損害を受けている事実は認める(ただし損害の額は争う。本件立木一石あたりの時価は六〇〇円ないし七〇〇円である。)が、右は控訴人が自ら招いたものである。すなわち、控訴人は被控訴人が昭和二五年一〇月一八日甲立木の売買代金五〇五、五〇〇円を控訴人代表者組合長理事河野善九郎に現実に提供したことによつて、乙立木の生立する地域を区画して同立木を特定する予約上の債務を負うにいたつたものであり、控訴人が遅滞なく右債務を履行したならば、おそくとも同年一一月初ころには乙立木についての売買契約が成立し、控訴人は逆に相当の利益すらあげえたはずである。しかるに、控訴人は、一方では被控訴人が供託した甲立木の売買代金の還付を受けながら、他方では前記予約上の債務を履行しなかつたために、前記損害を受けるにいたつたものである。したがつて、控訴人は、事情変更を理由として、被控訴人に対し代金増額請求権や契約解除権を取得しない。このことは民法一条にいうところの信義誠実の原則からしても明らかである。(ヘ)被控訴人は、原審で控訴人に対し売買契約締結の意思表示をすべきことと立木の引渡等の請求をし、前者について勝訴、後者について敗訴の判決を受けた。これに対して、控訴人は控訴を提起し控訴状に右判決事項全部について印紙をはつており、本件附帯控訴は右敗訴部分についてのものであるから、更に印紙をはる必要はないものである。と述べ、証拠として、甲第二〇号証の一、二、第二一号証、第二二号証の一、二、第二三号証ないし第二五号証、第二六号証の一、二、第二七、二八号証を提出し、乙第九、一二号証の成立を認める、同第一〇、一一号証の成立は知らないと述べ、

控訴人が、(一)原判決記載の確定判決は、「控訴人は被控訴人に対し昭和二五年九月二二日当事者間で福島県耶麻郡檜原村字大府平山一、一七〇番山林一〇〇町歩、同村字湯平山一、一七一番の一山林六六町六反一畝一四歩及び同村字大府平山一、一七二番山林一九九町九畝二八歩上に生立する赤松立木五、〇五五石につき一石あたり一〇〇円計五〇五、五〇〇円代金は福島県知事から伐採許可書の到達した後に支払う旨の売買契約が存在することを確認する。」との請求を、「本件当事者間で昭和二五年五月ころ以降売買に関し折衝を重ねて来たことは認められるが、その売買契約が成立したことを認めることができない。」として棄却したのである。およそ、当事者間に売買契約が存在することの確認を求めるということは、当事者間に当該売買契約による法律関係すなわち一定の目的物の引渡義務とこれに対する一定の代金支払義務とが存在することの確認を求めることにほかならない。したがつて、「当事者間にかかる法律関係を成立させるための折衝はあつたが法律関係そのものは成立していない。」との理由で請求が棄却された以上、当事者が同判決確定前の事実にもとづいて右法律関係の存在を主張することは、同判決の既判力によつて許されないところである。ところで、本件当事者間に被控訴人主張のような売買予約が成立したとするならば、被控訴人は控訴人代表者組合長理事河野善九郎に対し、昭和二五年九月二二日甲立木について買受けの申込をし、同年一〇月一八日代金五〇五、五〇〇円を現実に提供したのであるから、これによつて被控訴人は売買を完結する意思表示をしたものと認めるべく、したがつて、おそくともその時に当事者間に甲立木についての売買契約は成立したこととなるであろう。被控訴人は右の事実をも前訴で主張したのであるが、この事実は、売買契約を成立させるための折衝としてされたに過ぎなかつたものでまだ売買契約を成立させたものではないとして、その請求は棄却されたのである。もつとも、被控訴人は、前訴で、右売買契約成立前に予約が成立しその完結の意思表示がされたことによつて売買契約が成立したとは主張しないで、いきなり売買本契約締結の申込とこれに対する承諾とがあつて同契約が成立したと主張したのであるが、昭和二五年五月から同年一〇月にかけて当事者間に生起した本件売買に関する一連の事実をもととして当事者間に売買契約が成立したとしたのであるから、被控訴人は今更この事実をもとにして売買契約の存在確認を求めることはできないものといわなければならない。被控訴人が本訴で前記一連の事実をもととして売買契約は成立せず単にその予約が成立したに過ぎないと主張するのは、前訴判決の既判力の抗弁を回避するための窮余の策に過ぎないものである。けだし、売買の予約は、当事者の一方(売買一方の予約の場合)又は双方(売買双方の予約の場合)が相手方に対し売買契約を締結する義務を負うものであるから、予約義務者が予約権利者の売買契約締結の申込に応じないときは、予約権利者は予約義務者が応諾の意思表示をすべきことを裁判所に訴求し、判決でその意思表示に代えることができるのであるが、民法五五六条はこれについて一の便法を設け、予約権利者は予約義務者に対する売買完結の意思表示をすることによつて売買契約を成立せしめ得ることとした。そして、同条は売買双方の予約にも準用されるから、同予約の当事者はいずれも相手方に対し売買完結の意思表示をすることによつて売買契約を成立させることができるわけである。それゆえ、仮りに本件当事者間に売買予約が成立していたとすれば、それが売買一方の予約であるとまた双方の予約であるとにかかわらず、被控訴人が前記のとおり控訴人代表者組合長理事河野善九郎に対し本契約の成立を主張し売買代金五〇五、五〇〇円を提供したことは、取りも直さず被控訴人が売買完結の意思表示をしたものというべく、これによつて甲立木についての売買契約は成立したから、被控訴人がまだ本契約が成立していないとして本訴で控訴人に対し本契約締結の申込を承諾すべき旨の意思表示を求めることは、前訴判決の既判力によつて許されないものといわなければならない。(二)本件附帯控訴状には印紙がはられていないから、却下されるべきである。(三)およそ立木について売買予約を締結するにあたつては、後日の紛争を避けるために、手付金又は内金を授受するか少くとも契約書を作成すべきものであるのに、本件にはかかる事実がなく、予約期間・木材搬出方法・代金支払期及び場所などについて取り決めをすべきであるのに、本件にはかかることについてなんの取り決めもない。木材の価格は変動し易いものであるから、これに応ずる取り決めをするを通常とするのに、本件にはその取り決めもない。このことは、本件立木は福島県知事の許可がない限り伐採することができず、その間に木材価格の著しい騰貴が予想されるにおいてなおさらのことといわなければならない。被控訴人主張の立木伐採期間を五年としなお延長を必要とするときは控訴人が好意的に考慮するというにいたつては、非常識も甚だしいものといわなければならない。また売買の目的たる立木の石数は当事者が協議して決定し、これをもととして代金額を決定すべきものであるのに、本件では被控訴人が一方的に甲立木の石数を五、〇五五石と決定している。組合財産の処分は、組合員にとつて重大なことであるから、当然慎重に行われるべきであるのに、被控訴人主張のとおりとすれば、控訴人は極めて簡単にその財産を処分したこととなるであろう。乙立木については、その生立する地域を定めたことも、その石数を調査したこともない。以上の諸事実を勘案すれば、本件当事者間には本件立木について売買契約締結のための交渉ないしは下準備がされていたに過ぎず、いまだ売買予約は成立していなかつたものというべきである。(四)仮りに、赤城常吉が被控訴人とその主張のような売買予約を締結したとしても、控訴人は右予約上の責を負うものではない。すなわち、赤城常吉は控訴人所有立木の売却交渉委員で、控訴人の意思表示の成立を事実上補助するに過ぎないもので、控訴人の代理人ではない。そして、被控訴人はこのことを知つていたのである。このことは、被控訴人が、福島県知事からの本件立木の伐採許可を控訴人でない河野善九郎個人名義で受けたこと、昭和二五年一〇月控訴人理事林平八郎、監事筒井清松に対し、近く開催される控訴人役員会で被控訴人に立木を売却するように配慮を求めたこと、同年一一月一日甲立木の売買代金として供託した五〇五、五〇〇円の指定受取人を個人たる河野善九郎、赤城常吉の両名としたこと、によつても明らかである。また、赤城常吉はかつて控訴人の代理人であつたこともない。したがつてその行為について表見代理の成立する余地はない。(五)福島県知事から本件立木の伐採許可を受けることは、控訴人が自ら進んで被控訴人に委任したのではなく、かえつて、被控訴人が働きかけて控訴人から委任を受けてするようになつたのである。しかも、右許可は控訴人に対するものではなく河野善九郎個人に対するものである。(六)仮りに本件当事者間に被控訴人主張の売買予約が成立したとしても、被控訴人は昭和二五年一〇月一八日控訴人代表者組合長理事河野善九郎に対し甲立木の代金五〇五、五〇〇円を現実に提供した上、同年一一月一日これを福島地方法務局若松支局に供託したから、これによつて売買契約完結の意思表示がされ、売買契約は成立したので、被控訴人は控訴人に対し、重ねて甲立木につき売買契約の成立を目的とする意思表示をなすべきことを請求し得ない。(七)仮りにそうでないとしても、被控訴人が伐採占有中の甲立木について、控訴人は仮処分決定を執行し、その後同立木は換価されて七五萬円の現金となり、現に執行吏に占有されているから、被控訴人は右金員を執行吏から受取ることを得べく、これによつて同立木の引渡を受けたこととなるわけであるから、控訴人に対し右換価金に変じた部分の甲立木の引渡を請求し得ない。(八)また、被控訴人は、昭和二五年一〇月一八日控訴人に対し乙立木についても売買完結の意思表示をしたから、これによつて乙立木についての売買契約は成立したので、被控訴人は控訴人に対し重ねて乙立木につき売買契約の成立を目的とする意思表示をなすべきことを請求し得ない。(九)仮りに、控訴人と被控訴人との間に本件立木につき昭和二五年当時の価格一石あたり一〇〇円で売買予約が成立したとすれば、控訴人は、事情変更の原則により、福島県知事の伐採許可により本件立木の伐採が可能となつたときを標準として、その時の価格まで本件売買代金を増額すべきことを請求する。もし被控訴人がこれに応じないときは、右契約を解除する。けだし、福島県知事の伐採許可がない限り、控訴人は被控訴人に対して本件立木を引渡すことができないのに、立木価格は既に一石あたり千数百円となり今後更にどの位騰貴するか判らない状況にあるから、前記約定価格で被控訴人に本件立木を取得させることは、甚だしく当事者間の公平を害するにいたるからである。(一〇)仮りに、附帯控訴が理由があり控訴人が被控訴人に対して乙立木の引渡を命ぜられる場合には、民法五三三条によりこれと引換に被控訴人が控訴人に対し相当代金の支払をすべきことを求める。と述べ、証拠として、乙第九号証ないし第一二号証を提出し、当審証人津金春雄、林平八郎、赤城常吉の各証言を援用し、甲第一五号証の二、三、四、第二〇号証の一、二、第二一号証、第二二号証の一、二、第二三号証ないし第二五号証、第二七、二八号証の成立を認める、第二六号証の一、二の成立は知らないと述べたほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

一、(既判力の抗弁について)

成立に争いのない甲第一号証の一、二、乙第八号証を総合すると、被控訴人は控訴人を相手取り福島地方裁判所会津若松支部に立木売買契約存在確認請求の訴を提起した(同庁昭和二六年(ワ)第二九号)、その請求の趣旨は「控訴人は被控訴人に対し昭和二五年九月二二日当事者間で原判決別紙目録記載の三筆の山林上に生立する赤松立木五、〇五五石(甲立木)を代金一石あたり一〇〇円計五〇五、五〇〇円、福島県知事から伐採許可書が到達した後支払う旨の売買契約が存在することを確認する。」というのであり、請求の原因として陳述した事実の要旨は、「控訴人は河野善九郎ほか一五名の組合員の共有にかかる前記三筆の山林その他の経営等の事業を目的とする組合で、河野善九郎が理事組合長、藤沢藤吉、林平八郎が理事、赤城常吉、筒井清松が監事で一般組合員は一二名であるが、前記山林を売却することに決し、組合総会で前記赤城常吉ほか一名を売却交渉委員兼代理人に選任して売買方を推進することとした。右赤城常吉は、昭和二五年五月被控訴人に対し前記山林に生立する赤松立木三萬石の売却方を申出で、ついで同年六月被控訴人を現地に案内して一石あたり一〇〇円で売却する旨申出た。これに対して被控訴人は、控訴人の売却する区域を明らかにし技術員に調査をさせた上で買受けるか否かを決定すると答え、赤城常吉はこれを了承した。その後控訴人は被控訴人に対し前記三萬石のうちひとまず一萬石を売却し、その代金で残二萬石の生立する山林の区画費用にあてたいと申出でたので、被控訴人はこれを承諾した。そこで同年八月一三日控訴人代表者河野善九郎、赤城常吉、被控訴人代理人山内福蔵が現地に臨み、本件立木(甲立木)の生立する地域を確定した。そして、技術員に調査させたところ、右地域に生立する赤松立木は五、〇五五石であることが判明したので、被控訴人は、同年九月二二日控訴人組合長河野善九郎に対し右立木(甲立木)を代金五〇五、五〇〇円福島県知事から伐採許可書が到達した後に支払うこととして買受の申込をした。一方控訴人組合員一六名は全員前記立木の売却に同意し、その売買契約締結方を前記河野善九郎に代理委任したので、同人は他の組合員一五名の代理人たる資格をも兼ねて、前記被控訴人の申込を承諾し、同日当事者間に右立木売買契約が成立した。」というにあつたこと、同訴訟は控訴(仙台高等裁判所昭和二六年(ネ)第二九三号、第二九四号)の結果、前記三筆の山林に生立する赤松立木について当事者間で昭和二五年五月ころ以降売買に関し折衝を重ねて来たことは認められるが、売買契約が成立したことを認めることができないとの理由で被控訴人の請求が棄却されたこと、これに対して上告の申立があつた(最高裁判所昭和二八年(オ)第二七七号)が棄却され、既に確定したことを認めることができる。さて、右請求の原因として陳述された事実をその請求の趣旨に照らして考察すると、その全部が法にいうところの請求の原因であるとは認められない。すなわち、右の事実のうち被控訴人が昭和二五年九月二二日控訴人組合員で兼ねてその余の全組合員の代理人たる河野善九郎に対し甲立木を代金五〇五、五〇〇円で買受けの申込をし、同人がこれを承諾したことによつて同日当事者間に甲立木についての売買契約が成立したとの部分のみが請求の原因であつて、その余の事実はそれまでの交渉などに関する事情として陳述されたものと認めるのを相当とする。そして、本訴の請求の原因は、昭和二五年五月及び同年六月上旬の二回にわたり控訴人代理人赤城常吉が被控訴人に対し本件赤松立木三萬石を代金一石あたり一〇〇円で買受けてもらいたいと申込み、被控訴人がこれを承諾して右立木について被控訴人主張の売買予約(いわゆる双務予約)が成立し(その後同年七月下旬予約内容が変更された。)たので、被控訴人は、同年九月二二日控訴人代表者組合長理事河野善九郎に対し、右予約にもとづいて甲立木につき売買契約を締結すべき旨の申込をしたというに帰するものと認めるべきであるから、両訴の請求原因は同一であるとは言えない。また両訴の請求の趣旨が異なることはこれを対照することによつて明白である。

ところで、確定判決は主文に包含するものに限つて既判力を有するものであるが、主文は請求の原因及び判決理由を参酌して考察することによつて明確となるものであつて、前記諸事実によれば、前記確定判決の既判力は、本件当事者間に昭和二五年九月二二日甲立木についての売買契約締結の申込及びこれに対する承諾によつて成立したと主張される売買契約の存在することが確認されないとの点についてのみ生じたのであつて、これと請求の趣旨及び原因を異にする本訴には及ばないものというべきである。よつて、控訴人の既判力の抗弁は理由がない。

二、(附帯控訴状に印紙をはる必要があるか)

本件附帯控訴状に印紙がはられていないことは、控訴人指摘のとおりであるが、本件附帯控訴は、原判決で裁判された事項のうち附帯控訴人敗訴の部分のみについてされたものであり、既に控訴状に右部分を含む全裁判事項について印紙がはられているから、本附帯控訴状に印紙をはる必要はないものと考える。けだし、同一裁判事項について二重に印紙をはらせる必要はないからである。それゆえ、附帯控訴状に印紙がはられていないことを理由としてこれが却下を求める控訴人の申立は理由がない。

三、(売買予約は成立したか)

被控訴人は、本件当事者間に昭和二五年六月上旬本件赤松立木三萬石について売買予約が成立し、ついで、同年七月下旬その内容の一部が変更されたと主張する。

そして、成立に争いのない甲第四、五号証の各二、同第八、九号証の各二、には右主張に添うような記載があるが、これらは今にわかに信用することができないし、前記甲第一号証の一、二で認められる控訴人が本件三筆の山林に生立する赤松立木を売却することに決しその買受人を物色して来たこと、当事者間に争いない請求原因一の事実中の控訴人が被控訴人に対し本件赤松立木三萬石を売つてもよいと申向けたこと、昭和二五年六月赤城常吉が被控訴人を本件山林に案内したこと、同三の事実中の控訴人が昭和二五年八月一日から三日間本件山林中赤松立木一萬石が生立すると目される一部の地域を区画したこと、同年九月興国人絹パルプ株式会社の技術員が右地域に生立する赤松立木を調査したこと同四の事実中の被控訴人が昭和二五年九月二二日控訴人組合長河野善九郎に対し甲立木を一石あたり一〇〇円総額五〇五、五〇〇円で買受けたい代金は福島県知事から伐採許可があつた時に支払う旨申向けて右河野と交渉したこと、同五の事実中の昭和二五年九月三〇日福島県知事から本件立木の伐採許可があつたこと、同六の事実中の被控訴人が昭和二五年一一月一日福島地方法務局若松支局に甲立木の売買代金として五〇五、五〇〇円の弁済供託をしたこと、成立に争いのない甲第三号証の一、二、同第四号証の二で認められる控訴人が昭和二四年八月二六日総会を開きその所有山林に生立する立木の売却を決議し、津金春雄及び控訴人監事赤城常吉をその売却交渉委員に選任し両名にこれを一任することとしたこと(赤城常吉が控訴人所有立木の売却交渉委員に選任されたことは控訴人の認めるところである。)成立に争いのない乙第二号証で認められる右津金、赤城の両名が控訴人所有立木の売却交渉委員に選任されたのは、右両名が山林について知識、経験を有していたからであること(控訴人組合員には他に山林についての知識、経験を有するものがなかつた。)、前記赤松立木一萬石の生立すると目される一部の地域を区画したのは被控訴人の要請にもとづいたものであること、前記甲第四号証の二、成立に争いのない同第一七号証の二で認められる前記興国人絹パルプ株式会社技術員の調査には控訴人の嘱託事務員我妻勇が控訴人組合長代理として立会つたこと、右調査の結果によると石数は五、〇五五石であつたこと、右甲第四号証の二、前記同第五号証の二で認められる昭和二五年八月初本件山林を含む裏磐梯山林一帯が国立公園に指定されその立木伐採には県知事の許可を要することとなつたので、前記赤城常吉は被控訴人にこれが許可を得るように依頼し、被控訴人が自己の費用を使つてその手続をし前記伐採許可を得たものであること、右甲第五号証の二で認められる被控訴人代理人山内福蔵が昭和二五年一〇月一八日甲立木の売買代金として五〇五、五〇〇円を控訴人組合長河野善九郎に現実に提供したが河野がその受領を拒絶したこと、成立に争いのない甲第二号証で認められる本件三筆の山林の総面積が三六五町歩余であること、等の事実(被控訴人は、控訴人が前記供託金の還付を受けたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)をもつてしては、被控訴人の主張事実を肯認し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、成立に争いのない乙第二、四、六号証、原審並びに当審証人赤城常吉の証言、当事者間に争いのない本件については手付金、内金の授受がなく契約書が作成されていないこと、前認定の事実を総合して考察すると、当事者は、本件山林に生立する赤松立木三萬石(甲立木を含む)について売買契約を締結すべく逐次その折衝を重ね、その成立を豫期して立木伐採許可を得たりしたのであるが、その間に被控訴人主張のような売買予約(いわゆる双務予約または民法五五六条所定の売買一方の予約)は成立していなかつたものと認められる。それゆえ、被控訴人の主張は理由がない。

四、そうすると、右予約の成立を前提とする被控訴人の請求(予備的請求とも)はその余の判断をするまでもなく理由がないからこれを棄却すべく、これと異なり被控訴人の請求を一部認容した原判決は不当であるからこれを取り消すこととし、民訴九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 鳥羽久五郎 上野正秋)

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